2013年

9月

29日

本当にあった、恐ろしい相続の話

本当にあった相続に関する怖い話を聞いた。

A子さんは昔ご主人とご主人のご両親と同居して暮らしていた。
ご主人はお父様に頼まれて両親共有の名義の土地にローンを組んで家を建てた。
そして一生懸命共働きをしてローンを完済された。

A子さん夫婦には子供がなく、不幸にもご主人が先に亡くなられてしまった。
多分ご主人は子供の居ないA子さんを心配して、自宅を贈与された。


そしてご主人亡きあと、A子さんはご主人のご両親を長年に渡りお世話して、見送られた。

ところが、ところが!である、

なんとA子さんの自宅のある土地は別の兄弟に相続されてしまったのである!

このあたりの事情は私にはよく分からない。
遺言でそうなったのか、あるいは遺言がなく、そのまま兄弟にいってしまったのか・・・・

いずれにしろ、結果としてA子さんは土地を明け渡せと言われたのである。(妻には夫の両親の相続権がない)

かなりえげつない話だと思うが、現実には結構あるらしい。

ご両親がわざわざ遺言を書いていたとしたら・・・・
住宅ローンだけ払わせて、世話になりながら、無権限の土地の上に家だけあっても仕方ないのを知りながらそうしたのか。
そうであれば、A子さんの人生はなんだったのか・・・・

世話をしながらも、本当はご両親との折り合いが悪く、最期にものすごいしっぺ返しをされたのか、それともご両親は本当にA子さんのお世話になり感謝していたが、法律的な事を全く知らずにいたのか、あるいは高齢の為にそういうことが考えられなくなっていたのか・・・・

全ては謎だ。

でも怖い、怖すぎる。

やっぱり嫁という立場は弱いのか、それとも普段からの付き合い方が悪かったのか、単に知らなかったのか。

単に知らなかったばかりに人生めちゃめちゃになるのは怖すぎる。

反対にご主人が先に亡くなられた場合に、お世話になった嫁にちゃんと財産が残せるように、遺言を書く人もいる。

やはり遺言が大変重要になってくるケースもあると言うことだ。

私は・・・素人みたいなこと言うな、とお叱りを頂くかもしれないけれど、嫁が両親の世話をしながら財産を相続できないのは、少し変だと思う。
確かに血族ではないが、嫁は全く違う新しい家に嫁いで両親や子供の世話をしながら、その家の一部になってくものだ。

ただ最近はこういう家はあまりなく、両親と同居している人は少ないかも知れない。

だからこそ、遺言を書くことが必要なのであるが・・・

でも、知らなかったらどうするの・・・・
法律を知っている人が得をする世の中も、ちと世知辛い・・・

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2013年

9月

24日

色々と失敗して、今頃漸くまともな人になってきたのである

最近まともすぎることを書いて、説教くさい、とか、あんたにそんなこと言う資格はない、みたいに言われる事がある。

多分それは昔の生き方と随分と違う、失敗しているあんたにそんなこと言う資格ないんじゃあないの~?みたいな批判ではないかと思う。

そりゃそうだ、人は絶えず同じ状態ではなく、進化している場合もあるし、退化している場合もある。

私の場合も、確かに随分変わった。
結婚観も家族観も人生観も随分と変わった。

私の場合、本当に人としての成長が著しく遅かったと思う。
これもやはり私の世界が狭かったからである。


今日もある人と孫の話をしていて、まだ赤ちゃんだが、ほっぺを押したらにこっと笑うのが可愛い、というオッサンの話に私も共感した。

そういえば、昔私は殆ど笑わない人間であった。
笑わないから、皺できないんだろう!なんていわれることもあった。

本当に今振り返れば恥ずかしいことばかりなのである。

今は笑顔がどれだけ人を幸せにするか知っている。
お客様を相手に、こちらの言ったことに無反応な場合、何か失礼なこと言ったかな、何か気にくわないのかな、と心配になる。

それを昔は反対の立場で私は笑っていなかった、酷い奴だったと思う。

だから色々と失敗して、今頃漸くまともな人になってきたのである。

失敗したり、相手の立場に立ったりして初めて学習することも多い。
私の場合は、特に普通の人が自然に出来ることや感情が、学習する場合が多かったように思う。

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2013年

9月

21日

遺言をしないで死んではいけない

今日は仕事で普段行かない駅でおりた。

ちょっと時間があったので駅近のスーパーに立ち寄ったが、普段行くことのないスーパーは見慣れない商品もたくさんあって、刺激的でワクワクしました・・・



今日は遺言をしてないと、えらい目にあいまっせ、という話を聞いた。

子供のないご夫婦で、ご主人が亡くなったのだが、奥様は当然にご主人の財産(遺産)を全部引き継ぐものと思っていた。

ご主人のご両親はすでに他界されて、兄が居たが、兄もすでに他界している。
ところがこの兄に子供がいて、その子供が相続人としていることが判明したのです。

これを代襲相続といいますが、本来相続人になるはずだった人が、相続開始以前に死亡していたときなどに、その子や孫が代わって相続人になるという制度のことです。

奥様もご主人にお兄様がいることは知っていたのですが、あまり付き合いのない上に、すでにお亡くなりになっていたので、自分だけが相続人だと思っていたそうです。

そしてお亡くなりになったご主人も多分同じ様にお考えになっていた節があり、遺言はありませんでした。

少し難しい話になりますが、本来の相続人を守るための制度に遺留分と言うのがあります。

例えば、ご主人が愛人に財産全部やる、と遺言したとします。
でも奥様はそんなことはさせるのか!と遺留分減殺請求ができるのです。
この遺留分減殺請求というのは形成権ですので、勝手に一方的に請求すればよい権利です。
すると奥様はご主人の遺産の半分を取り戻すことが出来ます。

そしてこの遺留分減殺請求というのは、兄弟は出来ないことになっていますから、ご主人が遺言で全財産を妻に相続させる、と残しておけば、奥様は全ての財産を相続できたのです・・・

遺言がないばかりに、全く交流のない義理の甥か姪に相続財産の一部(四分の一相当)を持っていかれてしまったのです。

私もこの話にはやるせなくなりましたが、現行の法律ではそうなっているのです。
だからそれを防ぐ方法として遺言があります。

でも多分そんなことを知っていたらおそらく遺言は書いていたでしょう・・・



そして代襲て・・・本当に読んで字のごとく、代わりに襲うのですね・・・・


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2013年

9月

10日

オヤツを入れると一日に四回も幸せになれるんです

素敵なお嬢さんに会って、ほ~、すごいわ!と思ったことがあるのでシェアしたくて書きます。

前向きなお嬢さんは、私は昔ネガティブな人間だったけど、彼氏がとても楽観主義だったので、私もそうなりました、と話してくれた。

う~ん、なるほど・・・・

そうですね~、良くても悪くても、自分がそう感じるだけで、事実はよくも悪くもない一つの出来事ですからね~、確かにその考えは大事ですよね、と私が言うと・・・

私は、食べることが好きなんです、美味しいものを食べると幸せになるんです。
ですから、一日に三度の食事をすると三回幸せになるんです・・・

おお~、素晴らしい!

更にオヤツを入れると1日に四回も幸せになれるんです・・・・

これには爆笑した!

しかし、考え方が素晴らしいわ! 気に入った!

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2013年

9月

05日

ちゃんと死ぬには、今をちゃんと生きなければならないのだ2

昨日の続き・・・・

私は結構自分の最期に強いこだわりをもっている。

自分の人生の仕舞い方を楽しみたいし、プロデュースしたいのだ。

ちょっと恥ずかしいが、例えば私の場合、

私の一番の願いは、最期まで自分の足で立ち、自分でご飯が食べれて、自分でトイレに行きたい。
これが一番の願い、イメージだ。

それからカッコよく死にたく、私のカッコよく死にたい、とはあまり人の手を煩わせたくない。
だから自分の死期を悟ったとき、自ら身を清め、白装束を着て、アクセサリーは全て外して、おさらば~と誰にも看取られることなく、ひっそりと死にたいのである。
横には辞世の句を残し、死んだら桜の木の下に埋めてもらう。

これが私の理想の死に方なのである。
結構想像したら、わくわくドキドキする。

ふん!誰もがそう思っているが、そうならないのだ、と思っている人、

そうなのだ、そうならないかもしれないが、それが目標なのだから、それに向かって少しでも実現できるように今を生きるのだ。

現に私の祖母は自分で風呂に入り指輪を外して白装束で死んでいた!

話を戻すと、皆がそう死にたいと願う、最期まで自分の足で立ち、ごはんを食べ、トイレに行く、これは健康に気をつけて生活しないと達成が難しい。
その為には食事にも気をつけないとダメだし、ある程度運動も必要かも知れない。
ストレスでも病気になるので、出来るだけストレスを溜めないよう、自分をコントロールしなければならない・・・と言った具合でしょうか。

将来の自分は現在の自分が作っていくのだ。

更に経済的なことも考えてみる。
とにかく元気で生きていれば、余計な医療費を支払わなくてすむし、施設やグループホームのお金もいらないかも知れない。

更に辞世の句を残したいと思うなら、そのあたりの趣味ができ、色々と文化活動も出来るかもしれない。

そして墓は樹木葬で、できたら、内のにゃんこの骨も一緒に埋められるところがないか、探そう!
そしてやがて、桜の木は大きく、綺麗な花を咲かすにちがいない・・・と想像するのである。

これがまだ若い今なら、失笑を買いながらでも、いずれくる将来にむけて今を生きるということなのである。

勿論こんな理想的に生き方は難しいかも知れない。
でも、途中で目的達成が難しくなったら、どこに問題があるか、再検討すればよいのだ。
そしてどうしても、達成が難しくなった時点で、また修正案を作っていく。

これが死ぬことを考えるということだ。

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2013年

9月

04日

ちゃんと死ぬには、今をちゃんと生きなければならないのだ

私の住んでいる場所は、すごい雨でした。

私は普段の行いが悪いのか、お昼ごはんを食べに出た途端に猛烈な雨と雷が。

バケツの水をひっくり返したようなどしゃ降りで、風もきつくて、傘を差してないのと同じ位の横殴りの雨が。
誰も傘を持っているのにアーケードから出ません。

そんな中、買ったファイルが雨にぬれてヨレヨレになり、本人もヨレヨレ、悲惨な目にあいました・・・・



最近終活に備えてお葬式に関して調べることも多くなってきている。

遺言も終活もタブーにしている人もまだまだ多いと思う。

それは多分その人の死生観にあるのだと思う。

私は元気なうちにこそ、自分の最期をイメージすることはとても大切なことだと思っている。
ちゃんと死ぬためには、いまをちゃんと生きなければならないのだ。

勿論自分の最期を意識しだした段階でも遅くはないが、その時はやはり、色々なことが心に過ぎると思う。

それよりもまだ自分が健全な考え方を持ち、どのように生きてどのように最期を迎えたいか、楽しんでイメージしてもらいたいのだ。

そして基本姿勢が出来たら、時々折りを見て、自分を確認する。

このような生き方に決して不吉なものや暗さはないはずである。

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2013年

9月

02日

人は社会的動物である

昨日は朝から大きなミスをした。

予定を見落とし、ギリギリで間に入ってくれていた人が、おかしい・・・いつも早め来るのに来ない・・・
と気を利かせてくれて電話をくれた。

最初、機嫌よく、あ、おはようございます~♪なんて言っていたのが、今日10時ですよね・・・と言われ、!!!!!
凍りついた。

と、とにかく行きます、すぐ行きます。

何時にこれます?

す、すみません、もしかしたら5分くらい遅れるかもしれません、でも、すぐ行きます!!

そういうのがやっとで、チャリにのり、猛スピードで現場に向かった。

着いたのは10時3分くらいになっていたが、セーフと言ってくれた。

つくづく仕事場が近いことに本当に救われた。
これが電車に乗っていくところならアウトだ。


しかし、そこから朝の予定が全て狂いだし、結局夕方まで、どんどんずれ込み、もう焦りと疲れと集中できずに
悲惨な1日になってしまった。

お昼も食べられずに神戸から明石へ。
ここでも予定の時間に終わらない!

こりゃあかん!と、これは講義だったので抜け出し、今度は長田の自立支援の支援者に変身。

ぜいぜいはぁはぁ、言いながら5時を過ぎていたのでチャイムを鳴らすと、迎えに出てくれた人が、大丈夫ですか?

何が?

インターホンに映った顔が怖い、めちゃ疲れてますよ・・・・

はい、大丈夫!と 言いながらも、大丈夫でなく、しばらくは放心状態。

今日はなんてサイテーの日なんだ、いや、サイテーの日ではなく、私がサイテーなのだと自己嫌悪でドMの世界に。

そうこうしている内に皆とお食事の用意して、食事をして、食事の後はパズルなどして過ごすうちに、心の中の疲労感は薄れていった。

楽しいのである、だれも私を責めないし、ニコニコ笑って自分たちのことを話してくれた。
一緒に話をしていると、少なくともその時は私も笑っている。

これで髄分楽になった。

もしそのまま自宅に帰っていたら、精神的な疲労と肉体的な疲労で、そのまま動けず、どよ~ん、としていたかもしれない。

でも人と話すこと、笑うことにより、随分と救われたような気がした。

本当に人は社会的な動物だと思った。

そして、やはり、退職後、ひきこもる人は危ないな~と思った。

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2013年

8月

31日

離婚した方がいい場合もある

離婚はしないほうがいいと書いた。

でも離婚したほうがよい場合もある。

貧乏だろうが浮気性だろうが、それでもよい、好きだから・・・・
と笑っていられる人はよい。
演歌の世界を生きていける人はそれでよい、と思う。

でもお金がないことが苦しい人、相手の不誠実に苦しむ人は別れた方がいいかもしれない。

でも、もっと別れなければならない人も、いるかも知れない。

それは相手が社会生活が出来ない人の場合。
それが通常の許容範囲を超えてしまっている人はやはり、結婚生活を継続していくのはかなり難しいと思われる。

ただこういう人とは誰もが別れたいと思うが中々難しい。
それは依存、共存関係になるときもあるし、相手がストーカーと化す場合もあるから。

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2013年

8月

29日

人は社会的動物である

昨日は朝から大きなミスをした。

予定を見落とし、ギリギリで間に入ってくれていた人が、おかしい・・・いつも早め来るのに来ない・・・
と気を利かせてくれて電話をくれた。

最初、機嫌よく、あ、おはようございます~♪なんて言っていたのが、今日10時ですよね・・・と言われ、!!!!!
凍りついた。

と、とにかく行きます、すぐ行きます。

何時にこれます?

す、すみません、もしかしたら5分くらい遅れるかもしれません、でも、すぐ行きます!!

そういうのがやっとで、チャリにのり、猛スピードで現場に向かった。

着いたのは10時3分くらいになっていたが、セーフと言ってくれた。

つくづく仕事場が近いことに本当に救われた。
これが電車に乗っていくところならアウトだ。


しかし、そこから朝の予定が全て狂いだし、結局夕方まで、どんどんずれ込み、もう焦りと疲れと集中できずに
悲惨な1日になってしまった。

お昼も食べられずに神戸から明石へ。
ここでも予定の時間に終わらない!

こりゃあかん!と、これは講義だったので抜け出し、今度は長田の自立支援の支援者に変身。

ぜいぜいはぁはぁ、言いながら5時を過ぎていたのでチャイムを鳴らすと、迎えに出てくれた人が、大丈夫ですか?

何が?

インターホンに映った顔が怖い、めちゃ疲れてますよ・・・・

はい、大丈夫!と 言いながらも、大丈夫でなく、しばらくは放心状態。

今日はなんてサイテーの日なんだ、いや、サイテーの日ではなく、私がサイテーなのだと自己嫌悪でドMの世界に。

そうこうしている内に皆とお食事の用意して、食事をして、食事の後はパズルなどして過ごすうちに、心の中の疲労感は薄れていった。

楽しいのである、だれも私を責めないし、ニコニコ笑って自分たちのことを話してくれた。
一緒に話をしていると、少なくともその時は私も笑っている。

これで髄分楽になった。

もしそのまま自宅に帰っていたら、精神的な疲労と肉体的な疲労で、そのまま動けず、どよ~ん、としていたかもしれない。

でも人と話すこと、笑うことにより、随分と救われたような気がした。

本当に人は社会的な動物だと思った。

そして、やはり、退職後、ひきこもる人は危ないな~と思った。

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2013年

8月

24日

男はいうべきことを言わずに女は言わないでいいことをいう

先日の離婚の件で言い忘れたことが。

ボタンのかけ違いで、元に戻れることもある、と書いたが本当は中々難しい。

やはり感情的になり、冷静になれない、本音で語れないなど・・・・

元々離婚しようと思っているぐらいだから、相手のものの言い方一つでも、気に食わなくなっているときが多いからである。

その様なときにはやはり第三者を入れたほうがよい場合もある。

但しこの第三者も不適任者を選ぶと偉い目にあう。

それとだいたい、女は他の人に話して平気だが、男は家庭の事情を他の人に聞かれたくない、という傾向もある。
だから妻が依頼した第三者に心を開いてくれないご主人も多い。


でもお互いに雨降って地固まる、状態にしようではないか、と今までの全ての不平不満を全て吐き出してしまえば、気持ちもすっとするし、相手がどの様に考えていたかも分かる。

感情表現が下手で言うべきことを言わず(相手を褒める、感謝する)言わなくて良いことを言う(嫌味や文句)場合も結構多い。

言うべき事を言わないのは男が多くて、言わなくても良いことを言うのは女が多いかな?

その二人を足して二で割ればいいよね、と言えるくらいになると見込みはある。

但し絶対に言ってはいけないNGワードというのもあるので、そこはくれぐれもご注意を。

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2013年

8月

22日

年配の離婚について、賛成ではない

時計が・・・・秒針は動いているのに、なんと一時間近くも遅れていて全く気づきませんでした。

朝時計を見てびっくり!
うおおおおお~遅刻だぁ・・・・と慌てて携帯持って出かけようとしたら、携帯の時計が一時間早い。
ん、ん、ん? 念のためにテレビをつけたら、やっぱり一時間早い。

ようやくリビングの時計が電池切れ寸前だと分かった。

ただでさへ暑いのに、また大汗をかいてしまった。


ある人と離婚の話をしていた。
離婚の公正証書など作っているくせに、私は基本的には離婚賛成派ではない、というとその人は意外な顔をした。

よく離婚の相談員、先生の中に、離婚経験を売りにしている人もいるが、基本的に私は好きではない。

まず、自分のプライベートを公の場で切り売りするのは好きではない。

第二に、離婚経験者は離婚する人の気持ちが分かりますよ、というつもりなのであろうか。
それは短絡過ぎると思う。
また実際に離婚して、特に女が自立して生きていくのは大変なことである。

その部分を真剣に考えないで、離婚経験者に相談して、その時ののりで離婚してしまってもその人の人生、誰も代わりに生きてくれないのだ。
離婚経験者はたいてい離婚を勧める。
離婚経験者は離婚に関しては成功者?
でも結婚に関しては成功者ではない。

財産分与や慰謝料をたっぷりふんだくり、キャリアウーマンでバリバリ働いている人には、勿論離婚した方がいい人もいると思う。

若くて次に玉の輿に乗れそうな人も離婚していいかもしれない。

でも大部分の人はそうではないと思う。

特に若くはない、年配の人は、できたら、もう一度振り返ってもらいたいのだ。

エンディングノートのように、私はどんな結婚をしたいと思い、どんな人と結婚したか。
一度は決心して一緒になった相手なのに、どうして、そんなに一緒にいられなくなってしまったのか・・・

離婚したら周りは、家族はどうかわるのか・・・

他の者のために我慢する必要はないかも知れないが、我慢して生きていく道もあるのだ。
但し、その場合は自分が我慢している、犠牲になっていると思わないように自分を持っていく必要がある。

ただ、離婚の話は圧倒的に女性からが多い。

オッサン化している私にはオッサンの気持ちがよくわかるのである。

男は本当にお馬鹿さんだと思うくらい、女の気持ちに鈍感な人が多い。
だから突然妻から離婚請求されて、全く理解不能の場合が多く、時として恐怖に慌ててしまい怒鳴ったり手が出たりして、余計に妻の心は冷えてしまうのである。

ここにあげた例はほんの一部であるが、ボタンの掛け違いのようなことも多いのだ。
ビール腹で禿げた冴えないオッサンだがあなたも中年肥りしたしわに悩むおばさんなのだ。

相手にばかり求めてはいけない、お互い様なのだ。
たからそのことに気づき、戻れるなら戻るべきだと、私は思う。
もっともその時はお互い、歩み寄る必要がある。

それでもだめなら・・・残された人生自分の幸せのために使うのも悪くないと思う。
ただ決断の前には一度冷静な気持ちで立ち止まり、振り返ってほしいのだ。
その結果、お互いにボタンの掛け違えだった、ということが分かることもある。

特にオッサン側は、そんな風に見られていたのか・・・と初めて気づく場合も多い。


それと、若い人は、やはり残りの人生の長さを考えれば、やり直しはきくし、離婚すべき、の人も結構いると思う。
だって、こんなにたくさんの人の中からたった一人の人を間違いなく選べるなんて、無理。
その時はサッサと決断してください。

ちょっと言ってる事が支離滅裂?
それだけ一般論通用しない問題だということだと思います。

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2013年

8月

18日

私は遺言作成派

私は絶対に遺言作成派である。

どうも昔からあんたは外人、と言われることもよくあり、契約書など文書が好きな様である。

遺言書も最たるもので、自分の最後の意思で、私なんか好きにされてたまるか!みたいなところがあるのだが、ところが日本人の多くはあまり遺言を書きたがらない。

私からみれば本当に書かないほうがよく分からないのだ。

私は、どちらかと言うと、あの世があるとおもっているクチではあるが、遺言をしたから死ぬとは全く思っていない。
私からすれば、あの世よりも遺言をしたら死ぬのではないかとおもっている方が余程ナンセンスなのだ。
そんなことで人間は死なないし、死ぬときは死ぬ。



相当ややこしい家があった。
本人が亡くなるともめること、必至の家で、それは本人も承知していたのに、その人は弁護士がちゃんと指導してくれたのに、最後に意を翻して署名しなかった・・・・

そして本当になくなった後、世間で笑いものになるような浅ましいことが起こったのである・・・・

確かに遺言は健康なときに、心に曇りがない時に書くべきである。
また時々偽モノの遺言もでてきたり、明らかに誘導されて書かされたものもあるように思う。

なんかすごくいやなものを見たような気がした。

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2013年

8月

16日

私が明日死んでたら、ホントにお前の責任だからな!

今日はどうしても腹のムシがおさまらないりので、書いてしまいます。

ここのところ体がだるくて、浮腫んでいるし、足がつるし、頭痛は鎮痛剤を飲んでも治らない。


そして本日病院に行ったら、内科に通され、辛い症状を訴えたが、う~ん、分からないから血液検査をしましょう、と言われ、採血の後しばらくベッドでゴロゴロしていた。

そしたら30分後に検査結果がでて、鎮痛剤出されただけ・・・・

ちょっとまて!と叫びそうになった。

私は血液検査したくて病院にきたんじゃないよ、立ってられないくらいに体がだるいのと治らない頭痛のために来たんだ。

それなのにロキソニンをくれただけは酷いのでは?

家にはロキソニンもあるしバァファリンもある。

飲んで効かないから病院にきたのだ。

全く役に立たない病院だった。

検査するだけなら特定検診のお知らせが来ているから、それで済む話だ。

そしてもらった検査表見てびっくり!
肝臓の数値が異常になっていた!

素人ながらも、それでこんなに体がだるいのか、と思ってしまったが、検査したくせに、そのことには一切コメントなし。

も~、最近滅多に怒らなくなってたが、さすがに頭にきた。

もう二度と絶対、あの病院には行かない!

名前、公表したいくらいだわ(怒)

ある意味人を相手の仕事をしていたら、病院もサービス業だと思う。
過剰なサービスをする必要はないが、患者の不安を取り除くべき、説明や提案があってもよいのではないか。


顔のむくみが酷いですよね?と言ったら、普段どんな顔をしているか分かりません、と言われた・・・

なんだかこのあたりから、ケンカを売られているような気分になってきた。
素人のわたしでも知らない人でも、健康な顔と浮腫んでいる顔の区別はつくわ(怒)

検査だけして、内科では分からん(分からなくはないだろう、少なくとも肝臓の数値が異常だ)と頭痛薬だけ渡して、はい、終り、はないだろう、と思った。
私は今の状態が辛くて行ったのだ。

サービスの問題だけでなく、私が明日死んでたら、ホントにお前の責任だからな!くらいに思ってしまった。

多分こんな感じで事故?は起きるんだろうな、と思った瞬間であった。

PS

仕方ないので家でOS-1を飲んで寝ていたらかなりましになった。
やはり熱中症だったのか。
ただ、熱は平熱だったので、不思議。
そして当時、本当に少し意識がぼ~としていて、住所も途中で書きかけて忘れていて注意された。

しかし薬について、アンケートがあり、先発か後発かとチェック欄があり、私は後発にチェックしたのは覚えているが、出された薬は先発薬だった・・・

ホントにサイテー!

病院も、医師も本当にいい先生とめぐり合わないとえらい目にあうと思った。

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2013年

8月

15日

ちょっと気になる裁判ニュース

ちょっと気になる裁判のニュース見た・・・

認知症の男性が電車にはねられたのは見守りを怠ったからだとして、名古屋地裁が判決で、電車遅延などの賠償金約720万円をJR東海に支払うよう遺族に命じたという、日経の2013年8月10日付記事だ。

内容は、91歳だった認知症男性は2007年12月7日夕、愛知県大府市のJR東海道線・共和駅で線路内に立ち入り、快速電車にはねられて死亡した。
電車の運転士が男性を発見してブレーキをかけたが、間に合わなかったという。自殺の可能性もあるとされたが、立ち入った経緯ははっきりしていなかった。

日経の記事によると、男性はこの年2月には、常に介護が必要とされる認知症高齢者自立度4と認定されていた。
これに対し、JR東海は、安全対策が不十分だったとして、妻と長男を提訴した。
裁判では、妻は、当時85歳の高齢のため夫を常時監視できなかったと反論した。
しかし、名古屋地裁の上田哲裁判長は13年8月9日、訴えを認めて請求全額を支払うよう2人に求める判決を言い渡した。

その理由として、上田裁判長は、同居の妻が介護ヘルパーを依頼せず、目を離したすきに男性が外出したことを指摘した。
また、別居の長男も、事実上の監督者であるにもかかわらず、徘徊防止の適切な措置を取らなかったとした。
男性は常に目を離さないようにしていなくてはならず、2人の過失責任は免れないというのだ。
記事がネット上でも配信されると、判決内容に次々と異論が出た。

以前、私はJRは飛込みがあった場合も損害賠償請求をしないと聞いたことがあったのだ。
これは私鉄の鉄道会社のOBから聞いた話で真偽の程は分からない。

勿論悪質な置石や車両の立ち往生など、損害賠償の対象になるのは納得がいくが、自殺などに関しては実際は殆ど請求されないと思っていた。

今回も自殺の可能性が問題にされているところを見たらその点もポイントなのかも知れない。

普通の一般人から見たら、自殺より、物事の判断が出来ない認知症のお年寄りが電車にはねられたのだから事情はもっと悲惨そうに思えるのだが・・・・

ただ論点がちがっており、裁判長は監督責任を問題視したことになるのだと思う。

確かに認知症で徘徊する人の監督責任はあるのだが、本当に24時間、四六時中監督できるのかという問題がある。
そして別居の長男にも責任は免れないとしている。

ここが多分一般人が違和感を覚えるところだと思う。

しかし、本当のところは裁判資料全部読まなければ分からない。

判決の結論だけ読むと無茶苦茶だと思うことも全部読むと無茶苦茶でないときもある。

ただ、監督責任の重さが重視されているのは注目されることだと思う。

同じように神戸地裁でも、 当時小学校5年生の少年(15)の自転車と歩行者との衝突事故をめぐる損害賠償請求訴訟で、神戸地裁は7月4日、少年の母親(40)に監督義務果たさずとして約9500万円の高額賠償を命じた。

専門家は高額賠償を妥当、と評価するも、子供の自転車事故での1億円近い賠償命令に、世間の親も驚愕した今回の判決。


キーワードは監督義務を果たしたかどうか、という点にありそうだ。

監督義務を負っている後見人や保護者、親にとっては大変重い判決だと思う。
確かに、いくら加害者にとって酷であってもその反対側には被害者がいることも事実なのだ。

ただ電車の事故に関しては、世間に混乱を招いたが、死者が出るほどの重大な損害があったのか、とも思うし、介護していた妻は85歳。

老老介護のみならず認認介護ではなかったか・・・・とも推測する。
認知症の人が認知症の人を介護することを認認介護という。


多分最高裁まで行くのではないかと思われるが、今後、このような事件、監督責任について、注目したいと思う。

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2013年

8月

08日

ロボット宇宙飛行士

少し前に誕生日だったが散々な一日だった。
パソコンは壊れるわ、やけどはするわ・・・・

その誕生日に近い日の朝のテレビでロボット宇宙飛行士キロボを見た。
とても可愛い!
種子島から打ち上げられた物資補給機、こうのとりに乗り込む重さ1キロの小さな人型ロボットで11月に飛ぶ若田光一さんと会話をするのがミッションらしい。

すごく愛らしくて、「こんにちは。僕、キロボです。ロボット宇宙飛行士なんだ。よろしくね」
「何をするの?」「若田さんと宇宙で会話実験をするんだ」
「すごいね」「うん」と本当に会話が成立しているような感じであった。

若田さんは究極の環境で日本人は1人。
何か新しいコミュニケーションのハブになるとか、ストレス軽減にもなるだろうということらしい。

キロボは相手の感情を読んで、同じ質問にも違う答え方をするなど、きわめて人間的なのだそうだ。
この技術には、カーナビやスマホのインターフェイス技術も使われたと説明されていたが、私が注目したのは開発した東大の特任准教授の横に電通のコピーライターがいたことだった。

おそらくはどのように話せば自然で会話しているようになるか、コピーライターの仕事ではなかったか。

今まではハードな部分にのみフォーカスされていたものが、変わってきた、と感じる瞬間でもあった。

将来スマホのように一人に一台になるかもしれない、とも言っていた。

認知症のアクティビティにドールセラピーと言うのがあるが、これにも使えるかもしれない、と思った。

ドールセラピーは物言わぬ赤ちゃん人形を大切にすることにより、労わりや愛情を喚起する療法だと思うが、反対におしゃべりをして会話が成り立つのであれば、認知症のアクティビティにも使える可能性がある。

認知症では言語のコミュニケーションが取りづらくなるので、本来言語型のコミュニケーションは認知症が進むと無理があるかもしれないが、それでもアニマルセラピーやドールセラピーでは、物言わぬ対象物に話しかけているのだ。
複雑な会話をしないロボットは十分コミュニケーションツールになるのではないか、と思った。

私も・・・ほしい!


多分若田さんも泣いて喜ぶにちがいない?、と思うのである。

それほど会話のない世界はよろしくない。

本来私はうるさい環境や人ごみが嫌いで、もし独房に入れられ何年経過しようが平気だと思っていた。
しかし、会話をせずに引きこもると認知症が進むこともわかって来ている。

やはり人は社会的動物、コミュニケーションを必要とする動物なのだ。

そして最後にキロボには、キロボと同じ機能をもつミラタというバックアップクルーの相棒がいて、地上からキロボをサポートするそうだ。
う~ん、これもどこまでも擬人的で社会的だ。

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2013年

8月

07日

私がオッサンになったいきさつ

私にはオッサンの付き合いが多い。

それで、このブログでもオッサン、という言葉が多発する。

オッサン連中からは、何でワシらがオッサンで嫁はんは奥様なんや、セクハラじゃないか、と言われた。

でも私自身がオッサンと認定されているし、結構このオッサンと言う響きは好きかな~。

私がオッサンになったのは、もう十年以上も前のこと。


オッサン連中と飲んでいた。

あまり酒の強くない私は、多少酔っ払っていたかも。

その席で私は、男は外で一生懸命働いているのに、家に帰ってもぶつぶつ言われ、挙句の果ては家庭と仕事とどっちが大切なの!と言われたら、堪忍してよ~、と言う気分になるよね。
比べるものがおかしいやろ、家庭と仕事とどっちが大切か、家庭に決まってるから嫁さんや子供養うために、へ~こらしながらでも頑張っているのに~、と言った。

その瞬間オッサン連中が全員私の方を見て、お前、ホンマに女か~?と言われ、その場でオッサンに認定されたのである。

別にオッサンの肩を持つわけでもないが仕事を長く続けていると実にオッサン化するらしい。

だから少しよれよれの感じがするオッサンという言葉、私から見たら全然セクハラ用語でもなく、どちらかと言うと敬語にちかいかも。

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2013年

8月

06日

人は遅かれ早かれ、どうせ死ぬ

定年退職して数年経つ幼馴染のオッサン達が集まって飲んでいたそうな・・・

オッサンたちの話題は自分の病気と孫の話ばかりらしい。

折角退職して、これから自分の人生、どんな楽しみが待っているのかと思ったら、健康診断にひっかかり、色々と手術をする人が増えているらしい。

そこで自分の病気を告知する人、黙っているひと。
自分の病気を告知して、他の重大な病気じゃなくて良かった!
あの病気は長くもって二年だ、なんて話してたら、ずっと黙っていた人が、その病気だったらしくて、慌てて繕うも後の祭り。
やはり口は災いの元ですね。

本当にこれからの人生なのに、悔しいに違いない。

しかし、もう一方で今までと違う生き方も見えてきているような感じがした。

今までは好きな酒をのみ、テレビ見てゴロゴロしていたのだが、自分が居なくなった後のことを考え出すようになったらしい。

まだ結婚していない子供のことや孫のこと、奥様のことなど、今まであまり考えなかったことがふと過ぎるらしい。

人は遅かれ早かれ、どうせ死ぬ。

勿論好きな酒を飲みながらテレビを見て終わる人生もよいが、本気で家族のことや、今まで健康であることを当たり前と思っていたのに、それがどれだけ有難いことか、身にしみ、家族がどれほど大切なものであるか、考える機会を持ったのは、ある意味幸せなのではないかと思った。

ワシは好きなお酒とタバコは死ぬまでやめん!と言っていたオッサンたち、どうするのかな・・・・

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2013年

7月

29日

すごいオッサンの話をしよう

カッコよく死にたい、なんて書いたので、すごいオッサンの話をしようと思う。

この人はそんなに年寄りではないが、家長制度の生き残りみたいな人で、よく冗談で、前世は戦国時代の田舎武将だったに違いない!とよくからかっていた。

きっと帰宅したら何もしないで、嫁をあごで使ってるんだろうと思っていたら、実際は違った。
最初は男尊女卑のいやな奴だと思っていたのである。

話を聞いていると、奥様が嫁がれた時に、たった一人でこの家に嫁いできたのだから、色々と苦労もあると思うけれど、ワシはお前の味方をするから安心しろ、と言ったそうな・・・・

そして実際にその通にされたらしい。

すごい、と思った。
まぁ実際家長制度の生き残りみたいな家だったので、多分姑さんも、女は三界に家なし・・・・

女性は若いときは親に従い、嫁に言っては夫に従い、老いては子に従うべきものと思っていて、長男に従ったと思われる。

元々女性にはこの広い世界に安住できる家がどこにもないという昔の考え方で、女性の身分の低さをあらわした言葉らしいが、オッサンは嫁こそ最強と考えていた節がある。

何故ならたった一人で違う家に入ってきて、子を作り、その子が家を継いでいくので、家を乗っ取ったようなものだと言ったのだ。

更に女の新しい血がある時はその家の古いものを壊し、新しい伝統(血統)を作っていくのだと言った。

なんか古そうで古くない考えの様でもある。

現に偉そうにしているのかと思ったら、お誕生日とか結婚記念日とかは、年を重ねた今でもちゃんとご飯食べに行ってプレゼントしているそうな。

私は夫婦仲が悪い家庭に育ったので、本当は夫婦というのはがまんして暮らしているのだと、本気で思っていた。
ところがこの人に、夫婦というものはそうではない、ちゃんと仲のよい夫婦もいるのだという、当たり前のことをずいぶんと昔になるが教えてもらった。

その時に、昔ながらの男が男らしく、女は女らしい関係もいいじゃないか、と思ったものである。

そりゃあね・・・ そんなこと言われたら、グッとくるよね~。

言われてみたい!

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2013年

7月

29日

カッコよく死にたい

いや~、最近本当に不規則な生活で。

夜の11時過ぎあたりからホームページをゴソゴソとさわりだし、2時、3時あたりまで起きていて、6時位に目が醒めて、その後二度寝すると今度は起きれなくて・・・

任意後見や遺言のHPを作成しているせいか、死ぬときのことを結構考えるのです。

私の場合は、前にも書いたことがあるのですが、死ぬことを考えることは決して不安なことでも不吉なことでもなく、どちらかと言うと、今の自分を見直す儀式みたいなものなのです。

死んだらどうしよう、なんて、死んだら何もできません(笑)

でも、このままではかっこ悪すぎて死ねないわ、とか、 色々考えるのです。
まだ志半ばで、なにもしてない。

第一、部屋が散かっていては、だらしない奴だと思われるとか、もっと酷いと泥棒が入って犯罪に巻き込まれたと思われる・・・とか。

要はカッコよく死にたいと思っているのです。

私の祖母は亡くなるときに自分の死を覚悟していたのか、全部着替えて、指輪をはずしてなくなったそうです。

う~ん、かっこいいと思った。
私はもう一歩、部屋もきれいに片付けて、全部着替えして、できれば白装束で、有難うございました、と遺言を残して、更に辞世の句でも残して死にたいとおもっている。
ちょっと死の美学みたいなものを持っている。

だからカッコよく死ぬためには、カッコよく生きなければカッコよく死ねないのだ。

後悔することなく生きて、そのためにはやりかけの仕事をして、世間から受けた恩を返して、有難うをいっぱい言って、幸せでなくてはならないのだ。


しかし自分の希望通に死ねるかどうか・・・
のたうちまわって死んで、あいつらしい・・・と皆に言われるかも知れない。

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2013年

7月

08日

不思議な話と・・・遺言は書いておくべきだ

デスクトップに続きノートをメンテに持ち込んでいたが、本日やっと戻ってきた。

二日ほど留守にしていたので、丁度使用しない時を狙ってのメンテであったが、かなり依存症気味の私は手元にパソコンがないと落ち着かない。

それほどパソコンが得意ではないのに自分でも変な奴だと思う。

それで久しぶりに開くと・・・・案の定メールがかなり未開封になっており、少しうんざり。

でも簡単に直って良かった。
見れなかった動画も見れるように・・・・


家を離れている時に大変お世話になっていた人の訃報を聞いた。

伝えてくれた人は涙声なのに、それに反して私は自分でも意外なほどに晴れやかだった・・・・

実はこの方は大変熱心に弘法大師を信仰されていた。

何でも私たちが知り合う、もっと昔に事故で死に掛けたそうである。
その時のすごさは体に刻み込まれていたので、本当に大変な事故だと言うのはよく分かった。

その時にお大師さまに助けて頂いたそうである。

それからはお坊様になりたかったのだそうであるが、とても修行に耐えられるお体ではなく、断念されて、お寺のお世話をされていた。

その方が亡くなられた・・・・・

普段私は泣き虫で、にゃんこが死んだといっては泣き、わんこが死んだと言っては泣いてきた。
勿論親しい人、お世話になった人についても号泣していた。

ところが、この方だけは、なぜか涙が出なかった。

少しキリスト教のお葬式を思い出した。
全部がそうであるかどうかは不明だが、過去にキリスト教のお葬式では、神の元に召されたのですから悲しくはないです、と奥様が語られているのを聞いた事があるが、それと同じ気持ちになってしまったのである。
 
本当に慕っていたお大師さまの元でなくなられて、この人は本当に幸せだったのではないか、と思えたのである。
しかも仕事を終えた後、ひっそりと・・・・

実は数日前にこの人に電話を入れたのであるが、通じない。
その時にちょっと不安が過ぎったのであるが、的中してしまった。

そして更にこの方に私は呼ばれたような気がしていたのであるが・・・・その意味が分かった。

私はこの方は大好きなお大師様の元で眠るのかと思っていたら、違うという。

急に現実的な話になって申し訳ないが、本当に遺言は書いておくべきだと思った。

仕事の関係上、エンディングノートや遺言の話をすることがあるのだが、特に信仰を持っている人は自分の信仰する方法で送り、場所で眠りたいと思うものだろう、と思った。

そして私が呼ばれたのはおそらくこのことだろうと思った。

お世話になった私が出来ること、それは今一度四十九日が来る前に彼の好きな場所に行き、有難うございました・・・とお礼を言ってこようと思った・・・・

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2013年

6月

29日

決して深追いしてはいけない

またまた、人って、これだけ同じことをしても違うんだ・・・・と 言うお話を・・・・

エンディングノートというものが割と書かれるようになっています。
自分が死んだ時に家族にあてる感謝の気持ちや、万が一の場合、治療法や病院、在宅看護など、どのようにしてほしいか、またどのようなお葬式をしてほしいか、などを色々と整理していくノートです。

私は結構このエンディテングノートが好きなタイプです。

元気な内に、今までの人生を振り返ると色々と感謝がでてくるし、死んだとき、死んだ後も自分の希望を出来る限り叶えてほしいからです。

そして何より、死ぬことを考えることは、とりもなおさず、生きることを考えることだと思っているからです。

ところが・・・・

遺言のお話が入ってきた時に他の人に、あなたもエンディングノート、書いてみる?と友人にたずねたら、絶対にいやだ!と言うのです。

この人にとっては、死ぬことを考えることが生きることに繋がらない、不吉なことでしかなかったのです。

もうそれ以上はまた溝を深める事になりますので反論もしませんでした。

多分その方の人生観、死生観なので、私がそれは違うよ、と言う必要もないと思ったからです。


彼と話していて、昔、父が保険嫌いだったことを思い出しました。
私は現金な奴なので、ただ死にしない、保険という制度は素晴らしい!と感動したものでしたが、父はワシを殺す気か!と本気で怒り嫌がったのを思い出しました・・・・

おそらく彼は父と同じタイプの人間なのでしょう・・・・

多分こういうのが価値観がちがうといって、夫婦仲が悪い、親子関係が悪いに発展するのでしょうね・・・・

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2013年

6月

20日

認知症について少し理解してください

起き上がれないほどの脱力感があったが、急に回復した!

熱中症、更年期障害、色々と考えてみたが、思い当たる節が・・・・

むくむ、頭イタイ・・・・

特にある場所に行くと調子悪くなると自覚・・・・

これはもしや、私の特異体質に原因あるのでは・・・・

で、今日すっかり体調回復!

昨日までとは別人でキビキビ動ける。

元に戻ったはいいが、なんて難儀な体質なんだろう・・・・

今日は認知症について少し・・・

認知症の方は理解を超えた行動を取るので困りものだと周囲をなやましますが・・・・

認知症の特徴として記憶の逆行性喪失と言うのがあります。

簡単に言うと記憶が現在から過去に遡って失われていきます。

その人にとっての現在は最後に残った記憶の時点になります。

で、だいたいが自分の若い時や油の乗っている時にご本人はワープしています。

ですから自分と同じように年老いた奥様の顔が分からなかったり、今の家は昔住んでいたお家と様子がちがうので、お世話になりました、と出て行こうとしたり、更にはお嫁さんを誘惑したりして、お嫁さんはどうしてよいか分からず、困ってしまったりします。

決してやらしいお爺さんではなく、若い元気モリモリの中年から壮年期に戻っているのです。

こうしたことを理解していただければ、少しはその行動に納得が出来ると思います。

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2013年

6月

10日

擬似オッサンはホンマもんのオッサンに完敗した

時々一緒にごはんを食べる仕事仲間の男性と、植木の交換をした。

我が家のつるバラが・・・
だいたいマンションのベランダにつるバラは不向き。

日当たりがよくて何とか仕上げと、ちゃんと仕立ててあげればよいが、好き勝手に伸び放題。
花も中々咲かないので、広い庭を持つ彼に託すことにした。

そして車で来ていたので、これはチャンス!とイケアに付き合ってもらった。

そしたら・・・最悪

その日は日曜日ですごい数の車が駐車場に止まっていた。

あ~日曜日だとすっかり忘れていた・・・いやな予感が・・・・

案の定、店内はすごい人でごった返していた。

それでも私はモデルルームなど見るのが大好きで興奮した!

きれいな色、好きなデザインに子供のように走り回っていた。

そしたら、早くいるものを買ってくれ!と怒りの声が・・・・

はい、ごめんなさい、と言ったものの、心の中では、くそ~、今来たところなのに~(怒)。

そして分かったことは、私って意外と乙女やん。(笑)
仕事中はなかなか、オッサンの中のオッサンなのだが、美しい物には目がなく、美しい色、デザインにはうっとりしてしまう。
彼がいなければ、おそらく一日中店内をうろうろしていたのではないか。

それに反して彼の不機嫌の原因が分かった・・・・

車をおりてビールを飲んでタバコをいっぷく吸ったら途端に機嫌が元に戻ったのである。

な、なんだ、ただ酒が飲みたかっただけなのか・・・(怒)

擬似オッサンはホンマもんのオッサンに完敗した。

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2013年

5月

28日

自分の限界を作らないすごい80代

先日、80歳でエベレスト登頂に成功した三浦雄一郎さん、またまたすごい人をNHKのプロフェッショナルでみた。

その人は88歳の染色家で人間国宝、志村ふくみさんである。

以前から志村さんの美しいお着物は知っていた。

私は日本画を描いていたので、和の色が好きだ。
そしてわたしも志村さん同様、色を見ているだけで、何時間も過ごせるし幸せな気分になれるタイプの人間だ。

志村さんのお着物は本当に自らを主張しないが、とても、とても言葉で言い表せない色合いが微妙に重ねられて紡がれている。

でもお人柄なり、詳しいことは今日のテレビを見るまでは知りませんでした。


最初に驚いたことは、とにかく、お美しい!!

肌艶がよくて健康であるのがすぐ分かるし、お話ぶりからも頭脳明晰なのがよく分かる。

いや~三浦雄一郎さんといい、この志村ふくみさんといい・・・・

確かにこの方たちから見たら、私は鼻たれ小僧なのである。

ここまで元気、並外れた体力と精神力は一体どこから来るのか。

お二人に共通しているのは、まだまだやる気があるということなのだと思う。

自分の限界と言うものを作っていないのだ。

志村ふくみさんは、染色学校を日本の伝統文化の後継者育成のために立ち上げられた。

お二方とも、まだまだ・・・なのだ。

それに比べて、自分の体調管理もろくにせず、片足棺おけに突っ込んでるから、脳みそ半分腐ってます、と平気で言っていた私はなんて恥知らずなんだろう、とかなり恥ずかしくなった。

いつまで経っても、衰えない情熱と努力に頭が下がるばかり。

せめて少しでも近づけるように、病気にならない体をつくること、を意識したいと思う。

小食、バランスの取れた食事と十分な睡眠と、ストレスを溜めないこと。

う~ん、どれも私にはかなり難しいが、それでもピンピンコロリと逝きたいものだと常日頃から切望する。

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2013年

5月

24日

すべては積み重ねることで、必ず頂上にたどり着く

三浦雄一郎さんが80歳でエベレスト登頂に成功した。

すごいっ! すごすぎる!!

私は彼から見たら、はなたれ小僧だが、最近平地を歩くのでさへままならない。

多くの登山家が一生に一度、目指しても中々天候に恵まれなかったりして、そうそう成功するものではない。
それが、三度も成功、しかも今回は80歳で成功

文章や映像だけ見ていると、簡単に思ってしまうほどのすごさである。

運もおそろしく良いのだと思う。
正に運も実力のうち、とはこういうことを言うのだと思う。

三浦雄一郎さんといえば・・・・お父様の三浦敬三さんを思い出す。

日本のスキー界草分け的な人で101歳でお亡くなりになったが、100歳で四代に渡る家族でスキーをしていたのである。

また、山岳写真家としても有名な方でした。

そして敬三さんは、わたしの人生には『冒険』はない。すべては積み重ねることで、必ず頂上にたどり着くことができる、と仰っておられます。

これが本当の冒険家の姿なのでしょう。


更に敬三さんは神様についても以下のように語っておられます。

   わたしの人生には、スキーの神様がいました。神様は、わたしにスキーという素晴しいものを授けてくれました。そして、来る日も来る日も夢中になって雪と格闘するエネルギーと、世界中の素晴しい雪山との出会いのチャンスを与えてくれました。

わたしはそのおかげで、今も情熱っをもって大好きなスキーに取組むことができる。それは、何ものにも替えがたい、スキーの神様からの貴重な贈り物です。そのことには、大変感謝しております。

しかしながら、何かに困った時、頼み込む神はありません。仏に帰依することもない。心のよりどころを神仏に頼ることは、101年の人生の中で一度もありませんでした。多分、これからもないでしょう。

苦しみも、悲しみも自分の心の中の出来事です。苦しみや悲しみを自分の中で消化するには時間がかかることもありますが、いつかは必ず違う喜びが巡ってきます。

毎日の暮らしの中でひとつずつできること、今日達成したことを数えていくことです。わたしは、そうやって101年の歳月を生きてきました。


・・・・・・・

もう言葉も出ないくらいに感動したのを覚えています。

このような敬三さんだからこそ、きっと神様は敬三さんに味方してくださったのでしょう。

そしてこのスピリットは脈々と三浦家に伝わっていて、こんかいの雄一郎さんも果たせたのでしょう。

賞賛するにはあまりにも月並みでくさい言葉で申し訳ないですが、きっとこの三浦家に伝わる努力に神様は応援してくださるのでしょうね。

改めてもう一度、敬三さんの本を読み返してみようと思いました。

そしてもう一つ、月並みだけど、この一家の強靭な体!

健全な肉体に健全な精神が宿り、また逆も然り。

雄一郎さんはきっとピンピンコロリと大往生するに違いない、と思った。

敬三さんや雄一郎さんが特別な人間ではないのだ。

何も努力しない人こそが、彼らを特別な人間だと思う。

再度敬三さんの言葉を・・・・


すべては積み重ねることで、必ず頂上にたどり着くことができる

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2013年

5月

23日

その怒りを一度手放してください

昨日の友人のことを少し考えていた。

友人は出来すぎる才能を嫉妬されて、自分のゆく道を妨害されてしまったのだ。
更に最悪な場合は、この道を諦めないといけないかもしれない・・・・

理不尽な事に対する怒りは、確かによく分かるのだ。

何故なら昔、わたしも同じような思いもしたし、それに対して怒ったりしていた。

でも今回友人が怒れば怒るほど、なぜか私は冷静になっていた。

それは、相手がいる限りどうしようもないことなのである。

そして不思議にも鏡と同じで、相手はこちらが武器をかざせば相手も武器をふりまわす。

きりがないのだ・・・・

更に一度は勝ったとしても、長い人生の中で、また再会して、その場合に力関係が逆転してる場合もあるし、逆転していなくても、玉砕、自爆テロを仕掛けてくることもあるのだ。

悔しい、悔しい気持ちが、自分のバネになり、大きく成長することもある。

ただ、その悔しさを克服したときに、相手にそれを言いたいがために、頑張るのであるが、でも直接その悔しさを相手にぶつける事はない、と思う。

あなたの悔しさは周りの人間は知っているし、反対に相手に言うと、今度は相手が奮起して、先ほどの自爆テロを起こしてくるかも知れない。

そもそも人の妨害をしたり、陥れようと言う人間は器が小さいのである。

その小さい人間と同じ位置まで、折角奮起して上に上がったのに、また自分で落ちる必要はないと思う。

ただ、私が理解できたのは、大きな損害をともなって初めて理解できたのだ。

その後も愚かな私はまだ沸々と怒りの感情を抱き続けてきた。

でもようやく、本当に痛みが分かったうえで、相手にしないほうがいいよ、と言えるようになったのである。

だから、友人、まだ見ぬあなたで、同じような思いをしている人があれば、一度、その怒りを手放してほしい、と思う。

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2013年

5月

20日

分からない部分に気をつける

今日は慣れないことをしたので大変疲れました。

なにをしたのかは・・・ひ・み・つ・です。
まぁ機会があればその内にお話できるかも、です。

でもなんか話しているうちに自己完結してしまったけれど、すこしぴん!とくるものが。

私は相談員をしていますが、相談にのることが主な仕事だとおもっていましたが、実は相談者が思ってもみないこと、それを見つけてあげるのも、とても大切な仕事だと思いました。

それは精神的なこと、心の問題の時もあるし、法律的な問題であることもあります。

特に法律的な問題は知らないとあとで、とても困ることがあります。
それが分かっていれば、勿論話題にでるのでしょうが、分からないからこそ、話題にならない。

勉強していて、分からないところが分からない、と言うのと同じですね。

このあたりのことを先回りして提案して差し上げる。

ここがちゃんとできていたかな~と改めて思いました。

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2013年

5月

14日

長い年月をかけて熟成される夫婦と凝縮された時間を生きる夫婦

バラが美しい季節なので、ついネットでもバラを検索しては、気づけば結構時間がたっている・・・・

今離婚について少し原稿を書いているのですか、私は別に離婚を勧めているわけではなく、どちらかと言うと、反対に、結婚生活を末永く維持してほしいほうです。

結婚を継続していけない原因はいろいろとありますが、その中の一つに自分にあってない人を選んでしまった場合も多いと思います。

所謂でき婚で離婚率が多いのも、宿った子供の命を優先に考え結婚してしまうので、本当に自分にあった相手なのか、考える時間的余裕がないのかもしれませんね。

今日テレビで小橋建太さんというプロレスラーが引退するニュースを見ました。

私はプロレスを見ないので存じあげなかったのですが、小橋さんは 2006年の腎臓ガンの手術をなさり、見事復帰。しかし昨年、頚椎の手術で左腰骨を削って移植した後に骨盤が割れてしまという大怪我に見回れ主治医は最終的にドクターストップを告げたて引退されたそうです。

そしてそれを支えているのが、演歌歌手の奥様で、長年のお付き合いの中で、小橋さんの病気が分かり、その時に奥様は逆プロポーズをされたとお話しておられました。

しかし、小橋さんの答えはノー。
そして手術が無事に終わったときに反対に今度は小橋さんがプロポーズ。

・・・・・・・・・・・・・・・

本当に素敵なお話です。

みんな感動するけれど、自分の立場になって同じ事ができるか。

出来ない人も大勢いると思います。

でもそれでいいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・

小橋さん夫婦はすごく時間を意識して生活されている、と思います。

その凝縮された中でお互いの必要性や支えあう気持ちは普通の夫婦よりもつよいと思います。

つい結婚生活が長いと、その中で、喧嘩や倦怠があったりしますが、多分この人たちはそんな暇がないのでしょう。

時間をかけてゆっくりと熟成されるような夫婦もあれば、反対にぐっと凝縮された時間を生きる夫婦もあるんだと思いました。

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2013年

5月

11日

プリミティブなものは感情

いや~今日もまた新しい発見が。

何年かぶりに10代からの付き合いのある友人と待ち合わせてごはんを食べた。

先日は前の会社の同僚に会って、福祉から一番遠いところにいるような感じの人が彼独自の方法で携わっていておどろいたものだが、今日会った友人も介護関係の仕事をしているのは知っていたが、久しぶりに話した彼の口から出るのは、認知症の老人に対する熱い思いが・・・・・

ホント、この人も変わったわ・・・・

私も介護から一番遠いところにいたのに、介護のプロから、向いてるんじゃないの?と言われてびっくり!

いやいや、全然自分に向いているとは思わない。
でも人の痛みは分かるよ。

私はあるところで自立支援のボランティアをしているが、そこで感じたこと、また認知症の人を通じて感じたことは、一般の人よりも、人間の一番プリミティブな部分、感情は敏感なのではないかと思う、と言ったら彼もそうだよ、と教えてくれた。

私はその感情を大切にしたいと思った。

だから、怒りや恐れの感情は出来るだけ排除し、嬉しい、楽しい気分を大切にしてもらいたい、と言ったら、意外やけど、向いてるわ、とほめられた?のだ。

中々うまく表現できないが、彼らから教わることは多い。
コミュニケーションの仕方も余計なものをそぎ落とした方法、そして安心できる方法などを教わった。

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2013年

5月

01日

説明の説明の下手な人と上手な人

今日は忙しかった。

昨晩の寝不足がたたってか、財布を忘れて法務局に行き、結局三回も行った。
さらに警察も本部と所轄に一回ずつ足を運んだ。

当然多くの公務員さんにあった。
別に公務員さんが特別と言うのではなく、どんな会社にも言えることだが本当に色々なタイプの人がいるな~と改めて思った。

今日の私は質問攻めだったのだが、滅茶苦茶愛想の悪い人、不親切な人、とても分かりやすく説明してくれる人。

多 分専門性が強いので、その人にとっては当然のことかもしれないが、私にとっては当然でないこともあり、また反対に、私の説明を分かってくれるかな~と不安 で、言いたい事の意味分かります?と聞いたら、わかりますよ~と言って、本当はこの人多分あんまり分かってないわ・・・と私のレベルまで下りてきてくれる 人。

やっぱり分からないときに理解しやすいように説明してくれる人には安心感がある。

改めて、私が説明するときも、この気持ちを忘れてはいけないな~と思った。

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2013年

4月

24日

好きなおかずを先に食べるか後で食べるか・・・似て非なるものだ

なんかアンラッキーな日々が・・・・

お年寄りの契約に関して憂いていたら、今度は、また手ごわい相手が・・・・

本当に真逆な相手で・・・

その人は病気の検査結果を待っていた。

二回目の手術の後の定期検査の結果を待っていた。

その人は再度の手術を予想していたが、私は相手を励ますつもりで、前の時より丁寧な手術をしてくれたから、大丈夫だよ、と言った。

どうもそれがカンに触ったようである。

その人は最悪のことを考えていたら、それよりよければラッキーと思える、と言ったので、その考えはとてもよく分かる・・・

私も昔そうだったから。
でも事実かどうか分からないことを悪く考えてくよくよ過ごすより、悪かった時に改めて考えた方がいいよ、と言ったものだから・・・・火をふいた・・・・

どうもやはり根本的に理解できないようである。

私は勿論理解できる、事実、昔同じように考えていたから。

でも今の私は言霊というのか、潜在意識というのか、よく分からないが、無意識のうちにマイナス思考を頭に刷り込むのがいやなのである。
だから極力否定的な言葉を使わないように意識的にしているのだ。

どうも、その人には、それがお気楽に映るらしい。
更に向こうは私を年下の生意気な女と見ているようである・・・・

多分その人は否定的な場所が安心できる場所なのではないか、と思う。
それは私から見れば危険なのであるが、言えば言うほど遠ざかっていく。

好きなおかずを最初に食べるか後に食べるか、という発想に似ている気もするが、違うのはマイナス思考が刷り込まれるか排除するかの違いなのである。

しかも私はその人に逆らったわけでもなく、軽く、反対の考え方もあるよ、と言っただけなのに、非常におもしろくなかったらしい。
説教されたと思ったのか、それとも自分と違う考えは受け入れられないのか・・・・

内心、どうでもええやん・・・と思っていたのが・・・・

これでは心配して声をかけたのが台無しに。
泣きたい気分は私の方である。

人は本当に辛いときとか、困ったときは笑ってしまうことが多い。
だから再発しているのか、びくびく、イライラ暮らすよりも、大丈夫だよ、といわれると安心するものだと思っていたが、根拠のないことを軽々しく大丈夫だと言うな!とまで、言われた・・・・

私の方が立ち直れないよ~。

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2013年

4月

23日

ものさしどころか道具が違う

このブログで人の物差しは違う、と常々書いてますが、物差しどころか、道具がちがう!見たいな事があり、無力を感じました。

かなりお年をめしている方でしたが、不動産の賃貸契約書にまつわることでしたが、どうしても理解していただくことはできませんでした。

まず来られた人が契約者ではなく、いわゆる伝聞で契約の時にきいてない、とおっしゃられます。
しかし契約となると法律行為なので、本人が契約書に自署押印しています。

それを説明しても分からないのです。
まず貴方は契約者本人でないこと、また主張されていることは本人からの伝聞であること。

全てが何の意味もない、と言うと大変失礼なのですが、分かっていただけなくて。

相手は嘘つき呼ばわりそれて

相当怒っています。
そりゃそうだと思います。

私から見たら普通の契約書でした。


ただ、おそろしく思い込みが入っているようで、人の話が全く聞けない人のようでした。

お年寄りがトラブルに巻き込まれるのは大変気の毒なのですが、どちらかと言うとトラブルもないのに、自らトラブルを作っているような感じなのです。

前の時はこうだった、とか、他の例などだしてくるのですが、契約相手と違う場合をだしてきても、参考にはなっても、契約内容そのものではないのです・・・・

それが理解してもらえなくて本当に辛かったです。

ここで言ってもよいかどうか分かりませんが、本当に本人様自身に契約能力があったのか、それもいささか不明です。

お年寄りを守る必要もあるし、けれども契約内容を理解できない人が契約しても相手は分からない場合があるし、判断は簡単ではないと思いました。

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2013年

4月

16日

人にはわからない親子関係もある

三国連太郎さんがお亡くなりになり、息子さんの佐藤浩一さんのコメントをテレビで聞いていたが、改めてこの親子関係の複雑さが見え隠れしていた。

私には彼(佐藤浩一さん)の気持ちがよく分かる。

彼はあまり家庭向きでない親を父としてもち、相当苦労して生きてきたと思う。
芸能オタクではないが、たしか多感な子供時代に父には家出され、母は内縁の夫となる人と暮らし始め、自分の場所がなかった人だと思う。

若い時に親子共演についてインタビューされていた時には、誰がみても親に対する嫌悪感がありありとでていた。

そして、今夜も父親として聞かれると、そりゃ、ひどいでしょう、と言った。

とても素直な言葉だと思った。

親子関係の良好な人には、多分理解できない話であろうかと思うが、本当に世の中、理解しあえない、好きになれない、許されない親子というものも存在するのだ。

血を分けた親子じゃないか・・・・・

それがなにか?

そういう人たちがいるのも事実なのだ。

虐待された子供は大きくなってまた自分の子供を虐待する人が多いのであるが、反面教師になってすごく子煩悩、家庭を大事にする人もいる。

おそらく彼もそのタイプではなかったか、と思う。
彼はたまたまそういった家庭に育ってしまったが元々に性格が親とは真逆の人だったのかも知れない。

若い時の彼は父が許せなかったのが、若い顔にありありとでていた。

しかし、彼もいつしか渋い中年になり、父を語る中には、すでに解決済み、の表情があった。

自分が家庭をもつことで、父を理解することができ、また同じ道を歩むことで、職人のような父の後姿を追う内に父の役者としてのすごさを認めることが出来たのだと思う。

父親として生きることを捨て、俳優として生き抜いた人を孤高の人と認め、最高の敬意を払ったように私には見えた。
多分若いときには見えなかったものが今の彼には見えているのだと思う。

そして余談ではあるが、彼はこれまた断絶していたお母様を、認知症になられたお母様をご自宅に引き取ったらしい。

人から見ればたいそう美談に聞こえるが、色々と心の葛藤があったと思う。
当時の母が許せなかったのはよく理解できるが、大人になった彼は母の立場も理解できたにちがいない。

彼の中ではすでに、父も母も乗り越えてしまった余裕が感じられる。
だから優しくなれたのではないか。

そしてなにより大きいのは自分の家族がいることだと思う。

言い方が悪いかも知れないが、彼の生い立ちが反対に、自分の家族を大事にしていこう、と思う気持ちを人一倍強くしたのではないかと思う。

後年三國さんが不器用な人だと彼は理解できたようであるが、彼を許せなかった佐藤さんもまた同じく不器用な血をついでしてしまったのかも知れない。

よい会見だったと思います。

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2013年

4月

03日

いくつになっても恋愛は人を若返らせる

昨日のお話の続き、見たいな話になるが、誰でも最愛の人を失った心の痛みは推し量ることが出来ない。

時間はそのときから止まったまま。

それでも、その人の時間はとまったままでも、世間の時間は普通に流れていく・・・・

でもやがては殆どの人がのろのろと立ち上がりまた歩きだし、日常生活に戻れるようになるのである。

だから、昨日は奥様は素晴らしい!と思う。

じめじめしていたら、天国に逝かれたご主人もきっと心配でこの世に未練を残してしまうかもしれない。
いずれ、あの世でお迎えくださるのだから、それまでは、この世で命つきるまで、精一杯生きて、あなたの生きられなかった分まで私が楽しく生きる、と誓っているのだから、素晴らしい生き方だと思う。

そして量らずも息子さんが、それでいい、
お袋は親父が生きているときは、親父に従ってきた。
これからは自分のしたいこと、食べたいものをたべて気楽に暮らせばいい、と言った。

そして、老齢に達した方の恋愛にかんして、昔は憚れるという意識があったと思うが、私は大賛成。
概ね恋愛に積極的な人は若い。
細胞が活性化するのだと思う。
実際にお付き合いしなくても、それだけでも本当に表情が生き生きしてくる。

ただ、ここで止めておくべきが一番幸せかな、と正直思う。

なぜならやはり結婚には大きな財産関係が動くので、自分の関知しない他人の欲が色々と絡んでくるから。
そのために色々なトラブルが生じ、不幸になってしまったら元も子もない。

そして、なによりも先に逝ってしまった人は、残った最愛の人が幸せに生き生きといきているのを見るのが幸せであり、そして故人にとって何よりもの供養になるのではないか・・・と思う。

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2013年

4月

02日

私はまだしばらくここで楽しむから楽しむから、まだ迎えにきたらあかんで!

夫婦仲がよいのは、とても素晴らしく、羨ましい限りなのだが、あまりにも仲が良すぎると、生きている限り避けられない別れが来た時、残された人は大丈夫かと思ってしまうほど痛々しい。

そしてだいたいにおいて、男性の方が立ち直れないようである。

女の方がコミュニケーション能力があるというべきなのか、夫が亡くなっても、妻は子供たちとうまくやっていけるし、自分の趣味や交友関係を広げていける。

私の知っている人も、仲の良かったご主人がなくなっても、おりんをチンチンと鳴らして、お念仏を唱えてから、私はまだしばらくここで楽しむから、まだ迎えに来たらあかんで!と言われているのを聞いて爆笑。

女の人はこれができるのである。

ところが、奥様に先立たれたご主人は、引きこもりがちになる。

私の友人も、絶対に奥様より早く死にたいそうな。
まるでさだまさしの関白宣言だ。

奥様は専業主婦で、すべて家庭のことは任せっぱなし。

きっと奥様がなくなったら、靴下、パンツ一枚どこにあるか分からないにちがいない・・・

今から少し訓練しておく必要があるのでは、と思ったりするが、自分は奥様より早く死ぬ、と決めているので構わないそうだ・・・・
(誰でも自分の思いとおりの死にかた、出来ないんだけどね・・・・)

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2013年

3月

31日

婚活してもすぐに結婚しなくてもよいのでは

今日は朝から京都で勉強会、駅に向かう途中で携帯を忘れたことに気づいたが、後の祭り。もう取りに帰れない。
依存症になっているので、携帯がないことに不安を覚えたが、居直ってしまえば、結構静かで心がざわつかずに良かった。

そして電車の中では携帯を見ることもなく、外の景色を見ているとあちこちで桜の花が満開少し前のかんじ。
桜の季節以外はどこに桜の木があるのかよく分からないけれど、本当に桜の木は日本人に愛されて、あちこちに植えられているんだ~、と実感。

かなり前に婚活パーティーについて書いたことがあるが、テレビで年配層の婚活の特集をやっているのを見た。
見て、再度、危ない、と思った。

結婚相談所が悪い、と言うのではないが、やはりリスクは自分で負うもの。
相談所で関知しない、悪い人・・・・が混じっていることがある。

恋愛するのは悪くないと思う。
むしろ、いくつになっても胸をときめかせたりすることは、心身ともに若返る。

でも結婚するとなると、やはり財産の問題が大きく関わってくる。

子供たちが反対することもあるだろうし、その財産をあてに結婚されることもないとは言えない。

普通にあてにされるのであれば、それは普通かもしれないが、普通でなくあてにされるもの・・・・
事件性のあるものに発展したら、人生の最終段階で悲惨なものになってしまう。

だから結婚する時はよく考えて、焦らず時間をかけてほしい。

すぐに結婚を迫る人は危ない、かも。
熟年の恋愛を楽しめばいいのではないかな・・・・

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2013年

3月

26日

苦手な人・・・なんでそうなるの

今日は朝から京都で勉強会、駅に向かう途中で携帯を忘れたことに気づいたが、後の祭り。もう取りに帰れない。
依存症になっているので、携帯がないことに不安を覚えたが、居直ってしまえば、結構静かで心がざわつかずに良かった。

そして電車の中では携帯を見ることもなく、外の景色を見ているとあちこちで桜の花が満開少し前のかんじ。
桜の季節以外はどこに桜の木があるのかよく分からないけれど、本当に桜の木は日本人に愛されて、あちこちに植えられているんだ~、と実感。

かなり前に婚活パーティーについて書いたことがあるが、テレビで年配層の婚活の特集をやっているのを見た。
見て、再度、危ない、と思った。

結婚相談所が悪い、と言うのではないが、やはりリスクは自分で負うもの。
相談所で関知しない、悪い人・・・・が混じっていることがある。

恋愛するのは悪くないと思う。
むしろ、いくつになっても胸をときめかせたりすることは、心身ともに若返る。

でも結婚するとなると、やはり財産の問題が大きく関わってくる。

子供たちが反対することもあるだろうし、その財産をあてに結婚されることもないとは言えない。

普通にあてにされるのであれば、それは普通かもしれないが、普通でなくあてにされるもの・・・・
事件性のあるものに発展したら、人生の最終段階で悲惨なものになってしまう。

だから結婚する時はよく考えて、焦らず時間をかけてほしい。

すぐに結婚を迫る人は危ない、かも。
熟年の恋愛を楽しめばいいのではないかな・・・・

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2013年

2月

17日

オッサンとの第二ラウンド ホームドラマみたい

前回手ごわいオッサンの話をした。

実は私はオッサンの話も理解できるのである。
何故なら昔、私はオッサンと同じ考え方をしていたから。

最悪の事を考えれば、それ以上の悪い事は起こらない、という考え方である。

当時の私はかなり悲観的な奴で用心深く石橋を叩いても渡らない奴だった。
そう、叩きすぎてぶっ壊してしまうタイプ、動けない。

それがいつか、本を読み、多くの人に接している内に、潜在意識を意識するようになった。

そしてどちらかというと、最悪を考えるのではなく、最高を考えるようになった。
限界をかんじるのではなく、可能性を考えるようにシフトして行った。

それが果たして効果的なのかどうかは、よく分からない。

しかし自分にとって、そう考えるほうが楽しいし、居心地が良かったので、そうしただけである。

これもやはり性格から来ているのではないかと思う。

例のオッサンは、実の所、大変真面目なんだと思う。
だから、出来ないことを出来ないと正確に判断し、出来もしない事を簡単に出来るという人間は信用ならん。
浮ついた考えは人間を成長させないと思っているのだと思う。

ほらほら、ちょっと堅物親父との言い争いのドラマのような展開になってきたでしょう。

オッサンはきっと、そう考える方が居心地が良いのだと思う。
出来もしないことを出来ると考えると不安で眠れないのだと思う、一方私は出来もしないことを認めると絶望で眠れなくなる。

だからこれはどちらでもよいと思う、自分が都合の良い、居心地の良い方を選択すればよい、と思う。

問題はそこからで、自分はそれで良いけれど、相手がそう思っていない場合、相手にあわせてあげる忍耐が必要になってくる。

この場合は、相手を説得しようと思っても、まぁ、無駄である。
だから自分の価値感はさておき、そうだね、そうだったね、で切り抜けることをお勧めする。

それが分かっていても、つい、私も相手に理解してもらおうと説得するときがある。
相手が理解しないから、余計に角度をかえて、説明すると・・・・

最後にはしつこい、くどい!で終わってしまう・・・・

あ~、またやっちゃった・・・・チャンチャンである・・・・・

あ~、それから、もう一つ。
いくら前向きでも、気持ちだけ前向きで、一向に実行に移さない人は、オッサンに指摘されたように、ただのビッグマウス、獏女(男)になってしまうので・・・


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2013年

2月

16日

前向き女Vチョー現実男、能書きはできてから言え

私は相談員をしているので、ある程度人の性格や相性の良し悪しは分かる。

しかしその私にも苦手のオッサンがいる。

私は人を励まし勇気付けるのが日常だから、前向き女。
使う言葉は否定形は使わない、夢や目標を割と口にする・・・・

ところが私の前に立ちはだかったチョー現実男は手ごわかった。

私がいつもの様に夢や目標を話していると、チョー現実男は、いきなり・・・能書きは出来てから言ってくれる?

え、え、え~??
このオッサンは何を言ってるんだ?

カチン、と来て、あのね~、今まだ始まってないのだから、実現しようがないでしょ! だから今目標を語っているのでしょう~が!

じゃあ、そんなできるかどうかも分からない事を生意気な口きくな・・・・


・・・・・・・・

大体、このオッサンは・・・・

私が一番最初に会ったときに、夢はなんですか~、とにっこり笑って聞いたら

夢? 夢はない、結婚して子供も作ったし、仕事はした、後は死ぬだけだ、と言った

ま、マジか~!!

夢はない、後は死ぬだけた、と返されたのは生まれて初めてだった。

したいことはあるだろう・・・・趣味は?

聞いたけど無駄だった。

私は怯んだ

私にとっては、獏女と言われようが、夢や希望、目標は人を生かしているものだと思っていた。
だからこの言葉を聴いた時は本当に衝撃だった。

オッサンには内緒でいつか、オッサンが夢を語るようにしてやろう!と思っていた。

オッサンは所謂昔の人なので、前向き思考というのが、どうやらないようで、調子いいこという奴は軽薄で信用できないようである。
そういうことはちゃんと、実現してから胸を張って言え! と言う。

そりゃオッサンの言う事も理解できないことはないが、できるように目標定めて努力するんじゃないか~と言ってみても無駄、
どうしても理解してもらえなかった。

多分こういうのを相性悪い、と言うのだと思う・・・・

しかしオッサンとは相性が悪くても、じゃあ、もうあんたとは付き合えんわ、とは言えないのである。
それは信頼できる人物だし、口は悪いが本当は心配してくれているのが分かるし、有能な仕事の協力者である。

私はオッサンに、そんな砂漠みたいなこと言わないで、熱く夢を語らせてやろう、と、こっそり思っているし、オッサンも私に、もっと謙虚に事実を見つめて生きることを教えてやろう、と、こっそり思っているはずだ。

敵は中々手ごわい・・・・・


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2013年

1月

29日

エンディングノート

終活という言葉が言われるようになって久しい。

本屋に行けばエンディングノートというものまで売っている。

中を開けば  ① 現在のプロフィールと、過去の経歴等

       ② 親族・家族のこと

       ③ 財産について

       ④ 病歴・かかりつけ医・治療等について

       ⑤ 介護についての希望等

       ⑥ もしもの時の連絡リスト

       ⑦ 自分の死後の葬儀やお墓について

などを書くようになっている。

え! これって死ぬ直前のことや死後の整理のことやん!

と言ったら友人が、当たり前やん、だからエンディングノ-トと言うのでしょう・・・と言った。

ちがう、ちがう・・・私のエンディングノ-トはちがう

死ぬことを考えるということは、すなわち、生きるということを考えることである。

死ぬことに考えを巡らす時には、では自分は今どのような生き方をしているか、理想的な死に方を考えるためには
今なすべきことは何か・・・・

それを考えるのが本当の死の準備、エンディングノ-トなのではないか・・・と思った。

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2013年

1月

24日

後悔しないように、有難うをいっぱい言って、日本人は苦手だけれど、愛してる、と普段から言っておきたいと思った。

今日は一日中そわそわ、はらはらしてた。

大切な友人が手術した。
進行すると命にも関わる病気の手術だった。

朝は、おはよう~、ちゃんとお祈りしてるからね、大丈夫だよ、とメールした。

それに対して、夕方には連絡入れるね、と言うメールが入っていたのに九時になっても電話がない・・・・

段々不安になってくる・・・・

今の時代、手術中に死ぬことは滅多にないはず・・・・

大丈夫、大丈夫・・・・

ひょっとして、わたしが心配するので本当は深刻な状態を言わなっかたのか・・・・

段々良くない思いに囚われていく・・・・

とうとう我慢できなくなって、私から電話を入れると・・・・

かなり弱弱しかったが電話から声が聞こえた。

どうも点滴でうとうとしていたらしい。

思わず、心配して電話を待っていたのに!と怒りそうになりながらも、

あ~、多分世の中の親御さんは娘が夜更かしして帰宅した時に心配のあまりに、怒鳴ってしまう。
すると娘さんからはお父さん(お母さん)なんかキライ!と言われてしまうんだわ・・・

と別の事を考えながら、そうだね~、心配してる私のことを考える余裕がないほど疲れていたか痛みと戦っていたんだろう、と納得。

自分の感情を爆発させずに相手に思いやりを持って、心配したよ、とだけ伝えられた自分に、少しオトナになったと実感。

でも本当に良った。

それぞれ色々な悩みはあると思うけど命のまえには、すべてぶっ飛んでしまう、と思った。

そして別れは突然やってくることもある。

後悔しないように、有難うをいっぱい言って、日本人は苦手だけれど、愛してる、と普段から言っておきたいと思った。

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